原子力関連施設の事故に伴う放射性物質の大気拡散監視・予測技術の強化に関する提言

平成26年12月17日
公益社団法人日本気象学会
理事長 新野 宏

背景

 平成23年3月,東京電力福島第一原子力発電所で放射性物質の大気中への漏えい事故が発生した.この事故では,このような緊急時に,周辺環境における放射性物質の大気中濃度や被曝線量を予測し,国や地方公共団体に情報提供して防護対策に役立てるための緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による結果が,放出源の情報が無いことなどを理由に平成23年3月23日まで公表されなかった*1.その後改訂された原子力災害対策指針*2(平成25年9月5日)では,大気拡散数値モデル(以下数値モデル)の結果を参考にする可能性は残したものの,緊急時には原則として空間線量率のモニタリング値に基づいて対処することが規定された.さらに原子力規制委員会の審議*3(平成26年10月8日)により,緊急時の防護措置の判断にあたってはSPEEDIの計算結果を使用しないこととされた.しかし,限られたモニタリング地点の観測値だけでは緊急時の防災情報として決して十分とは言えない.近年の気象庁をはじめとする行政・研究機関の気象予測技術と観測技術の向上は著しく,より高度な推定手法を開発して精度の高い放射性物質の監視・予測技術を構築できる環境も整ってきている.実際,最新の研究*4によれば数値モデルは,不確実性に配慮すれば,防護措置に有効に活用できる可能性が示されている.以上の背景をふまえ,公益社団法人日本気象学会は前提言*5(平成24年3月5日)を具体化するために以下の3つの提言を行うものである.

提言1 緊急時には数値モデル予測値を有効活用すべきである.

 モニタリングポストでの観測は,限られた地点での現時点以前の情報しか得られず,緊急時の防災情報として十分とは言えない.数値モデルは,不確実性があるものの数日先までの3次元的な予測情報を提供し,予防的防護措置に有効な情報であり,緊急時に有効活用すべきである.放射性物質の放出条件が不明の場合でも,放出量一定を仮定した相対値の予測を不確実性に配慮して適切に利用することは可能である.

提言2 モニタリング実測値と数値モデル予測値を組み合わせた最先端の監視・予測技術を開発・整備すべきである.

 モニタリングポストは,時間的空間的に限られるが,正確な情報を得ることができる.一方,数値モデルは絶対値の予測は難しいものの,相対的な時空間分布を予測することができる.近年,観測データと数値モデルの予測を融合した実況解析・予測手法が開発されているので,原子力関連施設における気象観測体制を強化するとともに,他機関の気象解析値や大気汚染監視網等の情報も利活用して,最新の数値解析・予測手法に基づく放射能汚染の実況監視・予測システムを開発・整備すべきである.

提言3 放射性物質の監視・予測システムの日常的な運用・情報発信と住民への啓発活動を行うべきである.

 放射性物質の監視・予測システムを日常的に運用し,その情報を行政機関と住民に公開すべきである.不確実性に配慮した相対的な危険度を示す情報提供のあり方を検討し,緊急時に円滑に情報を利用できる体制を構築すべきである.また,日頃から放射性物質の予測情報利用に関する行政機関と住民への啓発活動を行い,知識の定着を図るべきである.

参考資料

*1 原子力安全委員会「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算について」: http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/110323_top_siryo.pdf

*2 原子力規制委員会「原子力災害対策指針」:
https://www.nsr.go.jp/activity/bousai/data/130905_saitaishishin.pdf
(2015/3/2 原子力規制委員会のサイトリニューアルに伴いリンク変更)
https://www.nsr.go.jp/data/000024441.pdf

*3 原子力規制委員会「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の運用について」: http://www.nsr.go.jp/committee/kisei/h26fy/data/0031_04tuika.pdf (2015/3/2 原子力規制委員会のサイトリニューアルに伴いリンク変更)
http://www.nsr.go.jp/data/000027740.pdf

*4 日本気象学会「「原子力関連施設の事故に伴う放射性物質拡散に関する作業部会」が取りまとめた緊急時における数値モデルの活用策」:
https://www.metsoc.jp/default/wp-content/uploads/2014/12/teigen-201412.pdf
*5 日本気象学会「原子力関連施設の事故発生時の放射性物質拡散への対策に関する提言」:
https://www.metsoc.jp/others/News/proposal_120305.pdf


連絡先:理事・「原子力関連施設の事故に伴う放射性物質拡散に関する作業部会」部会長 岩崎俊樹(東北大学大学院理学研究科)