第1回航空気象研究会の開催報告

(天気,54巻7号,671-675にも掲載しています)

 標記研究会が,2007年2月2日午後1時30分から6時まで,気象庁大会議室において開催された.第1回ということで,参加者がどのくらいあるのか気を揉んでいたところ,定刻前から続々と来場者があり,急きょ,あらかじめ用意した席のほかに椅子を追加しても,なお多数の人が着席できないほどの大盛会で,約170名に達する多くの出席者があった(第1図).参加者は,民間航空20,官庁85(内,防衛省25,気象庁50),気象会社10,メーカー10,大学10,団体10,マスコミ2,その他20など,多数の分野にまたがっており,遠く北海道や名古屋などからの出席も見られた.
この度の「航空気象研究会」の立ち上げは,航空気象に関連する研究が,航空の安全や効率的な運航の観点から極めて重要であること,気象学の研究成果や発展が,航空サービスと密接な関わりを持つことなどから,広く関係者が情報を交換し,交流を図ることを意図したものである.
 第1回にふさわしく,航空気象に関わりを持つテーマを広く募ったところ,機上観測,突風や大雪の事例,雲頂高度,霧や視程障害,ドップラー気象レーダーやライダー,航空管制,晴天乱気流など15題のテーマが寄せられた.以下にテーマと要旨を記載した.
 研究発表は,古川委員長の挨拶に引き続いて,土田および木俣の司会の下に進められた.どのテーマに対しても大きな関心が寄せられたが,15題を予定の時間に納めるために分刻みの進行を余儀なくされた.このため討論の時間が十分とれなかったが,参加者も共有できる幾つかの質問がなされた.最後に小野寺が総括を行い,今回の研究発表会ではカバー出来なかった分野も少なくないこと,米国などの会合に比べても未だ発展の余地が十分あること等を指摘し,この研究会が航空気象研究のための情報交換,研究推進の場となるよう考えて行きたいと,まとめた.
今回の第1回の研究会を通じて,先ずは,航空気象に関係する種々の分野の人々が集う場が生まれたことは大きな収穫であった.なお,第2回を来年2月下旬に開催する予定であり,ご意見や要望を寄せて頂ければ幸いである(古川記).

(2006年度航空気象研究会運営委員会)
古川 武彦(気象コンパス)
土田 信一(気象庁航空予報室)
赤木 万哲(気象庁航空予報室)
赤枝 健治(気象庁観測課)
木俣 昌久(気象庁航空気象観測室)
井上 卓 (気象庁航空気象観測室)
岩倉 晋 (成田航空地方気象台)
久保寺豊弘(東京航空地方気象台)
小野寺三朗((株)日本航空)
吉野 勝美((株)全日空)
原岡 秀樹 (防衛省航空気象群本部)
小田 昌人(防衛省航空気象群本部)
(連絡先) takefuru@eos.ocn.ne.jp  古川
     s-tsuchida@met.kishou.go.jp  土田

(研究発表題目:発表者および要旨)
1. 一斉機上観測と国内悪天予想図の検証
庄司桂一郎(気象庁予報部予報課航空予報室)

 近年,航空機観測のオンライン入手等により航空機からの観測データ数は充実しつつあるが,悪天現象に遭遇した航空機の観測データを入手することが困難な状況に変わりはない.このため,予め決めた日時に全国規模で機上観測を行い,収集した詳細な観測値を用いて,空域予報の検証を行った.今回,検証の対象とした事例は,2005年10月18日の台風のアウトフローに係わる乱気流である.本州南海上を台風第20号が北上する中,台風の北西象限にバルジ状に吹き出す上層雲(アウトフロー)付近で多数の乱気流が発生した.同日00〜05UTCに台風周辺の9航空路で観測が行われたが,この内,1航空路で高度を変えながらアウトフローを横断する事例があり,詳細なデータを得ることができた.これらのデータを利用し,アウトフロー内で発現する乱気流の発生原因を推定した.また,当該時刻の国内悪天予想図の検証を行った.


2. 台風第21号に伴う羽田空港の突風被害(2004年9月30日)
山下芳雄(東京航空地方気象台予報課)

 2004年9月30日,急速に衰弱する台風第21号が富山湾を通過した午前3時頃,羽田空港内において突風によると思われる被害が発生した.活発な線状エコーの通過に伴い,空港用ドップラー気象レーダーにはミソスケールの低気圧性渦循環が明瞭に捉えられ,風向風速計の真上を通過していた.レーダーデータの解析から,この渦の中心には降水エコーの弱い部分やエコーのない部分があり,低気圧回転の風と渦の速い移動により進行方向右側で猛烈な風速となっていた.空港内5ヵ所の風向風速計の内4ヶ所の観測データを元に時空変換解析を施すと,真上を通過された風向風速計で反時計回りに収束する風の場が抽出できた.渦の移動経路から約1km離れた風向風速計には渦に吹き込む風は見られなかった.この渦は,突風被害や最大瞬間風速などから,藤田スケールF2(風速50〜69m/s)の竜巻と推定する.


3. 2005年12月22日 中部国際空港における大雪について
大野滋規,服部 貴(中部航空地方気象台予報課),高 不二夫(同観測課)

 2005年12月22日,中部国際空港では開港後初めて最深積雪5pを記録する大雪となり,航空機の欠航が相次いだ.中部空港の冬型における降雪は,一般的に北西風による若狭湾からの雪雲の流れ込みによると考えられており,数値予報資料での降雪予想も北西風に変わる午後が中心であった.ところが,実況では強い西風の吹く午前中に雪が急激に降り始め,短時間での積雪に至った.この事例を調査したところ,衛星画像で山陰沖に下層渦が解析され,これが北陸地方に上陸し不明瞭となった後,発達した雪雲が堰を切ったように伊勢湾に流れ込んでいるのが確認できた.また,中部空港のドップラーレーダーでは若狭湾から伊勢湾に吹き込む北西風と,それまで伊勢湾を支配していた強い西風との収束が確認でき,これに伴う雪雲の再発達がレーダーエコー合成図などで見られた.今回の大雪は「下層渦の存在」と「伊勢湾での風の収束」の二つの要因が大きく影響したと考える.


4. 成田空港における大雪の事例解析 −2006年1月21日の事例−
外山奈央子(成田航空地方気象台予報課)

 2006年1月21日,成田航空地方気象台において降雪量17cmを記録する降雪があり,航空機の運航に大きな影響を及ぼした.この事例について,現象の構造理解及び実況監視における着目点を抽出することを目的として調査を行った.実況データによる解析の他に,数値予報モデル(JMANHM)による再現実験を行った.
 21日03時にかけ東海道沖のシアー上に低気圧が発生した.この低気圧による降水域は北側に急速に拡大し,関東南部に降雪をもたらした.実況資料の解析から,中層の乾燥域の存在と流入,下層の湿潤域の流入が確認できた.JMANHMによる再現実験では,下層での南からの湿潤空気と中層からの下降する乾燥空気が東海道沖で収束し,対応する上昇流が水蒸気を上層まで運んでいる様子が見られた.このことから,下層での水蒸気補給と中層での乾燥域の流入が持続していたことが,長時間の降雪をもたらした要因であることが分かった.


5. 海霧の鉛直構造−太平洋沿岸における粒径観測
奥田智洋,遠峰菊郎,中嶋康裕,山尾理恵子(防衛大学校地球海洋学科)

 海霧による低視程は航空機や海上交通に多大なる影響を及ぼす.特に航続距離の短い航空機では搭乗者の生死に関わる重大な事態になることも在り得る.視程を左右する粒径分布は霧の重要な物理的要素であるが,その鉛直構造については未知のままである.そこで本研究では,青森県太平洋沿岸に位置する六ヶ所村鷹架地区において海霧の鉛直構造を観測した.観測地は沼地が南北に広がり,海岸から1km内陸に位置する海抜7mの原野である.2006年6月30日から7月27日までの間,7事例の海霧観測に成功した.
 係留熱気球を用いて地上から最高高度200mまでの粒径分布観測を実施し,同時に地上ではドップラーソーダによる鉛直風観測と光学的視程計による観測を実施した.粒径分布の測定に関してはデジタルカメラとストロボスコープを係留熱気球に取り付けて行った.これらの結果をもとに,低視程時における海霧の内部構造について議論した.


6. 航空自衛隊百里基地における霧発生時の気象状態について
山尾理恵子,遠峰菊郎,菅原広史(防衛大学校理工学研究科)

 航空自衛隊百里基地(茨城県小美玉市)では晩秋から早春にかけて放射冷却による朝晩の冷え込みが激しく,しばしば放射霧が発生する.また,初夏には鹿島灘からの海霧の侵入,年間を通じては霞ヶ浦からの霧の移流も起こり,飛行場が離着陸基準未満になることが多い.
 今回は2006年10月から11月にかけて,百里基地の飛行場地区にて霧の観測を行った.地上2mと4mの視程,放射温度(地面及び天空),及び地上0〜4mの温湿度分布を調査した.本発表では,主に観測時にみられた視程変化と気象要素の変動との関係について報告した.


7. 房総局地前線による視程障害現象
菅原広史(防衛大学校地球海洋学科)

 冬季関東地方の南岸域には局地前線がしばしば発生する.この局地前線により発生した視程障害現象について報告した.
 2003年12月19日に房総半島で行った航空機観測では,局地前線の寒気側の高度3000ft(1ft=0.3048m)付近において視程4kmの状態が観測された.局地前線の暖気側およびこの3時間前の観測における視程は20km以上であり,時間の経過とともに局地前線の寒気側のみで視程が悪化していた.航空機において直接採取された大気中のエアロゾルの数濃度およびライダーによる反射強度は,この視程の変化と一致した変化傾向を見せていた.寒気側のエアロゾル濃度は暖気側よりも高く,かつ3時間の間に5倍程度に増加していた.また,エアロゾルはある等温位の層を中心に高濃度となっていた.これらのことから,局地前線の移動によりエアロゾルが蓄積され,高濃度域(悪視程領域)が発生したものと思われる.


8. 積乱雲雲頂高度予測手法の開発と積乱雲域予測手法の改良
工藤 淳(気象庁予報部予報課航空予報室)

 現行のメソ数値予報モデル(MSM)で用いられている,積雲対流パラメタリゼーション(K-F(Kain-Fritsch)スキーム)に基づく積乱雲雲頂高度予測手法の開発と,積乱雲域予測手法の改良を行った.K-Fスキームでは,下層の気塊を上層まで持ち上げて対流雲の雲底と雲頂を決定し,その上で,凝結高度における気塊の気温と,雲頂と雲低の高度差に基づいて深い対流(積乱雲)と浅い対流(積雲)を区別している.この診断方法を応用することで,モデルが予測した大気の鉛直プロファイルと矛盾のない,積乱雲域と雲頂高度の予測が可能となる.レーダーエコー頂高度と比較した積乱雲雲頂高度の平方根平均二乗誤差(RMSE)は,夏季が3.0〜4.0km程度,冬季が2.0km程度であった.また雷監視システム(LIDEN)の発雷実況と比較した積乱雲域の予測精度は,現行の予測手法と比べて,冬季は改善,夏季は同等という結果が得られた.


9. 小松飛行場における空港気象ドップラーレーダー観測について
紫村孝嗣(防衛省航空自衛隊航空気象群小松気象隊)

 小松飛行場は,羽田便が一日10往復以上就航しているほか,福岡,那覇などの国内線のみならず,ソウルや上海への国際線も運航されており,地方主要空港として北陸地方の経済を支えている.しかし,主として冬季は,寒冷前線の通過や強い寒気の南下により,最大瞬間風速25m/sを超える強風や離着陸制限値以上の横風,航空機への雷撃,雪による悪視程・低シーリングなどの厳しい気象条件下での航空機運航を強いられている.特に冬季の積乱雲下の突風は,即,重大事故につながる可能性が高い,きわめて危険な現象である.小松飛行場では,これらの現象を観測するため,2006年4月よりドップラー気象レーダーの運用を開始している.今回は,このレーダーで得られた,冬季の積乱雲に伴うダウンバースト及びシヤーラインの検出状況,並びに冬季雷の発生状況とダウンバースト等の検出状況について述べた.


10. 観測を始めた空港気象ドップラーライダー(紹介)
丹野咲里(気象庁観測部観測課航空気象観測室),山本健太郎(東京航空地方気象台観測課)

 2006年12月,気象庁初の空港気象ドップラーライダーが東京国際空港で試験運用を開始した.このドップラーライダーは波長2μmのレーザー光を照射し,大気中のエーロゾル粒子からの散乱を用いて,ライダーを中心として半径約10km内の気流を観測するシステムである.東京国際空港の滑走路番号34L付近では,北〜東北東の風系で10kt(1kt=0.5144m/s)を超えると,風上にある格納庫の影響を受け,ウィンドシアーが多く観測されることが知られている.降水時にマイクロバーストなどの低層ウィンドシアーを検出する既設の空港気象ドップラーレーダーと,降水現象を伴わない場合に飛行場周辺の風分布を詳細に観測できるドップラーライダーとを活用し,全天候型の低層ウィンドシアー情報の提供を目指している.
 発表では,空港気象ドップラーライダーのシステム概要を紹介し,実際のライダーで捉えたウィンドシアーの解析事例を報告した.


11. 3次元走査型ドップラーライダーで検出した様々な晴天乱流の成因と構造
藤吉康志(北海道大学低温科学研究所)

 我々は,地上から対流圏の中層(およそ5km)までの,通常ではとらえることのできない波や乱流構造を3次元的に観測し,乱流,エアロゾル,雲の発生までをシームレスに研究するために,三次元走査型のドップラーライダーを導入した.このライダーは,大気中に浮遊する微小粒子(エアロゾル,雲粒,氷晶)をトレーサーとして,エアロゾルの濃度はもちろん,上空の風と乱れの空間分布の時間変化観測が可能である.観測は2004年5月から札幌で連日行っているが,短期間ながら,大気境界層中の組織化した流れ(サーマル,ストリーク)とその上端での晴天積雲の発生過程,ビルの風下に発生するウェーク流,海陸風を含む局地前線,ダウンバースト,ケルビンヘルムホルツ不安定波や重力波,そして名前すらつけられていない現象も既に数多く見出している .講演では,これまで観ることのできなかった大気境界層内の興味深い流れを捉えた観測事例の一部を紹介した.


12. 航空交通管理における気象情報の利用のされ方
原田隆幸(航空局航空交通管理センター)

 気象情報は現象に直接遭遇するパイロットや空港における地上勤務者が利用するだけではなく,航空の裏方でも各所で利用されている.その一例として航空交通管理センターにおける気象情報の必要性について述べる.航空交通管理センターは日本全体におけるほとんどの旅客機の出発時機や飛行経路等について管理しており,円滑な航空交通の流れを確保すべく業務を実施している.航空交通流は,好天の日には運航スケジュールのぶれやアクシデントがあればその影響を受ける程度であるが,空港や航空路上に悪天が発生し航空機の運航に影響があるような場合においては航空交通の流れが大きく乱れることがあり,時には安全をも阻害する.気象が航空機個別に与える影響ではなく,航空交通流に影響を与えるとはどういうことなのか,また,その気象情報について航空交通管理センターはどのような表現・提供タイミングを求めているか具体例を示し述べた.


13. 対流圏中・上層において風の鉛直シアが運航に及ぼす影響
水谷洋之,吉野勝美(全日本空輸(株))

 対流圏中・上層に現われる前線帯では,水平方向の温度傾度の強まりに呼応して顕著な風の鉛直シアが生成される.
 この風の鉛直シアは,ケルビンヘルムホルツ不安定を強化して乱気流(CAT)を引き起こすばかりでなく,航空機が短時間にこの気層(前線帯)を通過する際,その対気速度に急激な変化(増減)をもたらす.特に,強化されたジェット気流が関東南部に位置する状況下で,西日本より羽田に向かう降下中の対気速度の急増(head wind shear)はその典型であり,運用限界速度超過の原因となる.2005年12月に発生した事例では,降下中23800ft〜21400ftの間で約57kt(約24kt/1000ft)に達する顕著な鉛直シアを観測した.  この種の現象への対応として,操縦士が事前にその状態を量的に把握しておくことが重要であり,数値予報による対流圏中・上層の予想精度および鉛直分解能の向上がそれに資する有効な方策の一つといえる.


14. Aircraft Turbulence/Windshearの予知の限界―JA8903の浜松上空の事故(2002年10月21日)に関連して―
中山 章(社団法人:日本航空機操縦士協会)

 通常の旅客機の降下角は小さいので,鉛直シアの大きい流れでも擾乱が発生しない限り航空機が受けるWindshearは小さい.この事故例の鉛直シアは,09JSTには5kt/1000ftだったのが,2時間後の事故時には約40kt/1000ftとなり500ftの厚さに集中し,14kt/secのCAS(Calibrated AirSpeed)の急増があり事故の誘因になった.この(イ)鉛直シアの急増,(ロ)CASの急増,をDFDR(Digital Flight Data Recorder)も用いて解析したところ,(ロ)項はケルビンヘルムホルツ不安定波が原因していると考えられる.CASの急増は対地速度の変化しない時間内でのWindshearの急増により起こるから,この他の原因としては航空機の進行方向の狭いシア域があり,シア層に発生した山岳波も原因になるかも知れない.本事故はケルビンヘルムホルツ不安定の発現に着目すると有効であり,定性的で,航空機が降下する直前であっても,降下方法を選択することにより利用できる.このためには気象関係者,パイロットが正しく理解することが先である.


15. HARIMAU(海大陸レーダーネットワーク構築計画)におけるレーダー観測体制と航空関係機関へのリアルタイム情報提供について
森 修一,山中大学(海洋研究開発機構地球環境観測研究センター)

 現在,文科省地球観測システム構築推進プラン(JEPP)の一環として「海大陸レーダーネットワーク構築計画(HARIMAU:Hydrometeorological ARray for ISV-Monsoon AUtomonitoring)」をインドネシアにて推進中である.熱帯におけるメソスケール気象からモンスーン気候学を対象とした研究用ドップラーレーダーおよびウインドプロファイラの展開を目指し,その最初としてスマトラ島西スマトラ州パダン空港にドップラーレーダーを設置した(2006年10月).これまで現地では十分な気象レーダーや地域気象の観測データ配信システムが整備されていないため,我々の観測データは単に研究用だけに収集されるのではなく,現地航空会社や航空管制機関に対してインターネットを通じて発信されている.来年度には首都ジャカルタにも同システムを設置し,乗り入れ国際線航空会社へデータ発信を計画中である.