第5回航空気象研究会の開催報告

(天気,59巻3号にも掲載しています)

 標記研究会が,2011年2月10日13時30分から18時まで,気象庁講堂において開催された.  本研究会は,航空機の安全で効率的な運航にとって不可欠な気象の観測や予報,情報提供などについて,気象学会レベルで関係者が広く交流し,研究を促進するために,2006年3月に日本気象学会のもとに「航空気象研究連絡会」が設置され,その活動の場として,今回のような研究会に到ったものである.  別記するように,特別講演のほか,13題の発表が行われ,民間航空,研究機関,気象事業者および気象予報士,防衛省および気象庁関係者など,講堂が狭く感じるほどの約100名の人々が一堂に会した(第1図).
 研究会は,古川委員長の挨拶に引き続いて,事務局の郷田および宮腰の司会の下に進められた.  講演題目は,ウインドシアにおける航空機の運動解析などの特別講演に続いて,飛行障害現象,航空機被雷,着氷,乱気流,ウインドシア,気象情報の可視化など多彩な発表があり,最後に総合討論を行った.  本研究会が始まって5回目を迎え,航空気象分野の人々が広く交流する場として着実に発展していることを実感した.
(2010年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
古川 武彦(気象コンパス)
郷田 治稔(気象庁航空予報室)
宮腰 紀之(気象庁航空予報室)
木俣 昌久(気象庁観測課)
新津 美晴(気象庁航空気象観測室)
塚本 尚樹(気象庁航空気象観測室)
池田 博文(成田航空地方気象台)
庄司桂一郎(東京航空地方気象台)
吉野 勝美((株)全日空)
菊地 理 ((株)日本航空インターナショナル)
小野寺三朗(桜美林大学)
西野 逸郎(防衛省航空気象群)
奥田 智洋(防衛省航空気象群)
(連絡先) takefuru@eos.ocn.ne.jp  古川武彦

(研究発表題目:発表者および要旨)
特別講演 「ウィンドシアにおける航空機の運動解析と,操縦分析に関する話題」
鈴木真二氏(東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻)

 航空機の着陸操縦にウィンドシアが脅威となることはジェット機の普及に伴い顕著となった.  ゲーム理論により航空機操縦にとって最悪の風速分布が,自然界のマイクロバーストに近いことを示すとともに,ウィンドシアに対するパイロットの操縦について人工脳神経網解析による解析法を開発し,ベテランパイロットの操縦技法を分析した結果を紹介した.

1.飛行障害現象予測の精緻化
松田洋平(防衛省航空自衛隊航空気象群)

 積乱雲による,雷・着氷・乱気流といった飛行障害現象は航空機に対し大きな危険を及ぼす.  そのため,積乱雲の現況及び予報を運航者に伝えることは予報官の責務である.  積乱雲を予測するため,予報官は衛星から得られる雲の分布やレーダーエコーといった現況,及び数値予報による大気の安定度などを用いて予報を行っている.  気象庁の国内悪天GPVで利用されている積乱雲予測の理論を導入した資料を作成し,予報の参考資料として利用を開始している.  防衛省における飛行障害現象予測手法,及びこの新たな理論を用いた積乱雲における予報の検証結果について報告した.

2.小松空港周辺における冬季航空機被雷について(最新の解析結果等)
道本光一郎(防衛大学校)

 小松空港周辺で発生する冬季の被雷については,過去,気象学会大会や本研究会においても成果を発表してきた.  今回は,最新の解析結果を踏まえて,2010年5月下旬から気象庁が「雷ナウキャスト」を発表したことをも考慮し,より具体的な予測情報を見出すことが可能になるのではないか,という観点から,実学的な発表を行った.

3.関東における南岸低気圧による下層の前線面強化と乱気流
三輪剛史(気象庁予報部予報課航空予報室)

 秋から冬は本州の南を台風・低気圧が通過することが多い.  2010年9月23日は秋雨前線が本州南岸に停滞し,前線上の低気圧が東海道沖を東進した.  前線の南では暖湿気流(南西風)が強く,関東では9時過ぎから地上で冷たい北東風が吹くなか,雷雨となった.  房総半島周辺では,9時頃から高度10000ft(1ft=0.3m)以下で並の乱気流の報告が多くなり,12:26と13:26に成田上空の高度3000〜5000ftで強い乱気流の報告があった.  強い乱気流は地上付近の北東風と上空の南西風のシアー付近で観測された.  調査の結果,このシアーは前線面に相当し,特に高度5000ft以下では安定層が明瞭で風の鉛直シアーが強く,乱気流の要因はケルビンヘルムホルツ波と考えられる.  これに類似した事例は,関東において毎年数回発生している.  この事例調査を通して,過去の類似事例を含めた関東における南岸低気圧による乱気流発生の機構について紹介した.

4.航空機に対する着氷予測の向上を目指して!
M口祐光,遠峰菊郎(防衛大学校)

 着氷は極めて危険な飛行障害現象の1つである.  現代の航空機の多くは,高性能の防・除氷装置が装備されているため,大きな問題になることは少ないが,防・除氷装置の故障時や,未装備の航空機にとって着氷は危険な現象であることに何ら変わりはない.  自衛隊の一部の航空機には防氷装置は装備されているが,除氷装置は装備されていないものもあるため,悪天候時に対領空侵犯措置を命ぜられた戦闘機や,同じく悪天候時に人命救助を命ぜられたヘリコプターのパイロットにとって,着氷は特に留意しなければならない現象である.  着氷予測を向上させるため3次元非静力学モデルWRFを用いて航空自衛隊のPIREP(パイロットレポート)より報じられた着氷地点付近の上昇流と雲水量を解析した結果を報告した.

5.航空気象の見える化の試み −気象情報可視化ツールの開発−
新井直樹(電子航法研究所)

 気象技術の進展により,航空気象に関する様々な資料・情報が開発され,利用者に提供されている.  これらの多くは,含まれる情報が多様で,かつ平面的な資料が多い.  そのため,気象分野以外の専門家には,それらの情報を基に気象の立体的な構造をイメージすることは,必ずしも容易ではない.  そこで,気象の立体構造の直感的な理解を支援するために,数値予報データを3次元で可視化し,気象情報と航空機とを同一の画面に表示するツールを開発した.  本ツールは,航空機と気象現象の空間的な関係の把握に活用されることが期待される.  開発中の航空気象情報可視化ツールAWvisの概要について報告した.

6.航空自衛隊三沢基地における接地性のレーダダクト
小林誠貴,遠峰菊郎(防衛大学校)

 地上のレーダ波が一定の高度以下でトラップされる接地性のレーダダクトが形成されると,地上のレーダによる目標の探知に支障をきたす.  レーダダクトの研究は主に米国海軍で行われているが,国内のレーダダクトに関する研究は進んでいない.  本研究では,航空自衛隊三沢気象隊の協力を得て,過去14年間分の三沢基地の高層気象観測データを取得し,接地性レーダダクトがどれだけの頻度で発生しているかを調べた.  解析では,大気の屈折率を表す値としてPatterson et al. (1994)にならいmodified refractivityを求め,これを基に水平一様を仮定してレーダダクトとなるプロファイルの日を選び出した.  また,レーダダクト発生日の大部分は地上風が東風のときであり,そのうち2006年8月26日の一事例を取り上げ,事例解析を行った.

7.ロジスティック回帰を用いた総合型乱気流予測指数の開発
工藤 淳(気象庁予報部数値予報課)

 乱気流予報の精度向上を目的として,乱気流の要因別に新規に開発した予測指数と既存の乱気流指数をロジスティック回帰で組み合わせた,新しい乱気流指数(TBindex)の開発を行った.  従来提案されてきた乱気流予測指数の多くが主に晴天乱気流を対象としているのに対し,TBindexは晴天乱気流に限らず,山岳波や対流雲による乱気流,中層雲底の乱気流など,様々な要因による乱気流を対象とした総合的な予測指数となっている.  統計検証の結果,TBindexは従来から良く利用されている鉛直ウィンドシアー等の各種乱気流予測指数を有意に上回る予報精度を持つことが確かめられた.

8.数値モデル解像度の違いによる乱気流指数の変化について
太田一行,尾原信雄(日立製作所ディフェンスシステム社情報システム本部)

 乱気流予想では鉛直シアー,リチャードソン数,Tインデックス等さまざまな指数が用いられているが,これらの指数はモデルの水平及び鉛直解像度により変わることが予想される.  これに伴って,各指数の平均値や標準偏差等の統計値も変化し,乱気流発生有無の適用基準も変わることが予想される.  本研究では,過去の乱気流による航空事故事例を異なる解像度を持つモデルによって予想し,その結果から各種乱気流指数を計算,さらに統計分析を行った.  その結果,モデルの解像度により平均値や標準偏差等の統計値が変化することを確認した.  また,乱気流識別性に関して各種指数の比較も併せて実施したので,その結果を報告した.

9.ウィンドプロファイラで得られたスペクトル幅による乱気流監視の可能性
梶原佑介(気象庁観測部観測課観測システム運用室)

 ウィンドプロファイラ(WPR)が大気から得る情報には,主に散乱体のドップラー速度,受信強度,スペクトル幅の3つがある.  ドップラー速度からは水平・鉛直風が,受信強度からは降水の有無等が分かるが,スペクトル幅は,散乱体の運動のばらつきを示す指標であり,乱流の強さに関する情報が得られる.  スペクトル幅は乱流のほか様々な要因により広がる性質があるが,WPRから発射する電波のビームに広がりがあることが主な要因となっており,これを適切に補正することで,乱流の寄与を評価することが可能である.  このようにして得られた補正されたスペクトル幅とPIREPで通報された乱気流強度を様々な種類の乱気流発生事例において比較したところ,良い対応が得られた.  乾燥域でデータが得られにくいという特性はあるものの,乱気流の実況がPIREPや空港気象ドップラーライダー(以下ライダーとする)に限られる現状を踏まえると,補正されたスペクトル幅データは乱気流の実況監視において有効な手段のひとつとなる可能性を秘めている.

10.長崎市池島で観測した霧・突風・鳥・昆虫・強風時の島周辺の風特性
藤吉康志(北大・低温研),藤原忠誠(北大・院・環境科学),三田長久(熊本大・自然科学研究科),植田睦之(NPO法人 バードリサーチ)

 我々は,環境省の地球温暖化対策技術開発事業「CO2大幅削減に貢献する洋上ウィンドファームの事業性評価のための風況調査手法の技術開発」の一環として,長崎半島沖合の池島に3次元走査型のドップラーライダー他の観測装置を移設し,2009年度から洋上の風の観測を開始した.  主目的は海上の風力資源の見積りであるが,バードストライクの危険性の把握のために,船舶レーダーを用いた鳥の観測も同時に行っている.  強風時の霧の発生,背の低い突風前線,幅2kmに満たない池島が周囲の風に及ぼす効果,鳥の飛行高度と数,そして,昆虫(羽アリ?)の大量発生に伴う鳥の飛行変化など,航空機の離着陸時の障害となりうる,通年観測で見出された興味深い現象を紹介した.

11.ドップラーライダーによるガスト探知
亀岡喜史,池田倫子(東京航空地方気象台観測課)

 ライダーでは,大気中のエーロゾルの動態を測定することによって空港周辺の風の状態を観測できるため,無降水時における低層ウインドシアー等の検知が可能である.  ウインドシアーと同じく,風速の変動に関係しているガストは,航空機の揚力や揺れに係るため,重要な観測データである.  本調査では,ライダー観測データと風向風速計にて観測されたガストの関係を調べた.  その結果,ライダー観測データのスペクトル幅(速度幅)データとガストの間には強い正の相関があり,ライダーの速度幅画像を見ることでガストの有無を判別・予想することが可能であることが分かった.  また,ライダーの速度幅データから,風向によるガスト発生率の大小が裏付けられた.

12.2009年7月26日に多発した低層ウィンドシアーについて
長田拓人,池田博文,岩倉 晋(成田航空地方気象台予報課)

 成田国際空港において,南西風は航空機の着陸に影響を与える風として知られている.  南西風は航空機にとってほぼ横風となるが,航空機からは対気速度の変化として多数報告される.  ウインドシアーが多発した2009年7月26日の事例を用いて南西方向に直交する風速成分(Vc)の分布について調査した.  ライダーのPPI(平面位置表示)データを使用して滑走路周辺のVcを簡易的に算出し,その分布を可視化した.  ドップラー速度の北西方向成分を正と取ると,南西方向に伸びた正と負の領域が北西方向に交互に並ぶ縞状分布が確認できた.  滑走路に沿った方向のRHI(距離高度表示)データを用いた解析を行い,境界層内に複数の鉛直対流が確認できた.  Vcの分布と鉛直対流域の存在より南西風時には風向に沿ってロール構造が発現していることが示唆された.

13.乱気流検知技術の研究:ライダー/レーダーによる晴天乱気流,地形性乱気流の検知
又吉直樹(宇宙航空研究開発機構 航空プログラムグループ)

 宇宙航空研究開発機構では,乱気流に起因する航空機事故,および運航障害発生の低減を目的として,晴天乱気流を検知可能な航空機搭載型ドップラーライダーの開発,および地上設置型の小型ドップラーレーダー/ライダーによる空港周辺の低層風擾乱の観測システムの研究開発を進めている.  前者は装置の高出力化と小型化が技術課題であり,後者は空間的に小さなスケールで変化する地表面付近の乱気流の検知と航空機の揺れとの関連付けが技術課題となる.  まず航空機搭載型ドップラーライダーの開発状況をジェット機搭載飛行実験を中心に紹介し,次いで,庄内空港において冬期に実施している小型ドップラーレーダー/ライダーによる風観測実験の観測結果を中心に,低層風擾乱の観測システムの研究開発状況を紹介した.

参考文献
Patterson W. L., C. P. Hattan, G. E. Lindem, R. A. Paulus, H. V. Hitney, K. D. Anderson and A. E. Barrios, 1994: Engineer's Refractive Effects Prediction System. Naval Command Control and Ocean Surveillance Center Technical Document, 2648, 159pp.