第11回航空気象研究会の開催報告

(天気,64巻9号にも掲載しています)

 標記研究会が2017年2月7日13時30分から17時40分まで,気象庁講堂において開催された.毎年多くの演題と参加者を集める本研究会であるが,本年も120名弱の参加者と11演題の発表があり,予定されていた時間を一杯に使って演題ごとに活発な質疑討論が行われた.
 今年は,現場の管制官から気象と航空管制に関する演題,ドップラーレーダーやウィンドプロファイラー等の新しい観測技術開発に関する演題,火山灰予報やその他様々な気象情報の利用と運航への影響などの解析・予測技術に関わる演題など盛りだくさんの発表と質疑討論があり,今後の観測・予報技術の向上に資するものとなった.
 なお,2006年3月の第1回以来会長を務めた古川武彦氏が10年を一区切りとして会長を退任し,新たに土田が引き継ぐこととなった.
(文責:土田信一)
(2016年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
土田 信一
八木 勝昌(気象庁予報部)
塩澤 定道(気象庁予報部)
福田 正人(気象庁観測部)
阿部 孝史(気象庁観測部)
堀川 道広(東京航空地方気象台)
山岸 正雪(成田航空地方気象台)
和田 由希(防衛省)
浦  健一(日本航空)
坂本 圭 (全日空)
吉野 勝美
小野寺三朗(桜美林大学)

(研究発表題目:発表者および要旨; 所属は当時のもの):
1.二重偏波空港気象ドップラーレーダーの導入と観測データ利用技術の紹介
竹 順哉,山内 洋,梶原佑介,梅原章仁,小池哲司,坂梨貴紀,福田 直 
(気象庁観測部)

 気象庁では,全国9空港に空港気象ドップラーレーダーを設置し,空港周辺の風(マイクロバースト・シアーライン等)や降水の強さの分布情報を航空関係機関へ即時提供している.今般,2016年3月には関西及び東京国際空港において,同年12月には成田国際空港において,二重偏波機能を持つ空港気象ドップラーレーダー(二重偏波DRAW:Doppler Radar for Airport Weather)をそれぞれ導入し運用を開始した.
 二重偏波DRAWの導入により降水粒子の大きさや形に関する情報が新たに得られ,強雨域の降水強度をより正確に観測することが可能になる.実際に,強雨事例で従来の手法と二重偏波情報を用いた新手法による降水強度をそれぞれ地上雨量計と比較した結果,強雨域の降水強度が大幅に改善されることを確認した.
本発表では(1)二重偏波DRAWの概要,(2)実事例による降水強度推定精度の評価結果,(3)二重偏波データを用いた新たなプロダクトの提供可能性,を中心に紹介した.

2.下層風と航空管制 −如何に風を読むか−
戸島靖人(東京航空局成田空港事務所)

 風は航空機の運航にいろいろな影響を及ぼすが,航空管制においてもその影響は大きい.
 高層〜中層風は主に巡航中の航空機の管制に,下層風は上昇・降下,進入・離着陸する航空機の管制に影響する.
このうち下層風は通常より強い風の場合,高度によって風向風速の差が大きい場合,地表面のシアラインがある場合(特に滑走路をまたいでシアラインが前後に移動する場合)などに,到着機の進入順位付けやレーダー誘導,出発・到着間隔の設定,使用滑走路の選定などに大きく影響する.
 滑走路の選定(変更)は地上風だけで決定しているのか,沿岸前線や局所的な大雨,接地逆転層などにより地上風と最終進入経路上の風向が異なる場合はどのように管制上の対応が変わってくるのか,風が変化していく場合や強風(特に強い横風)時に管制官は何を考え,どのように対応し,何を望んでいるのか.本発表では,現場管制官の立場から,これらについて例示し対応等について紹介した.

3.ウィンドプロファイラを活用した突風ナウキャスト
桶本勇二(防衛大学校地球海洋学科)

 飛行場予報では区域,現象,時間を具体的な数値で量的に予想することが求められるが,台風や前線といった擾乱通過による強風と比較して,季節風時における急激な風速増大の時刻を予測するのは難しい.
本研究では,仙台管区気象台のウィンドプロファイラとアメダス,同地点の毎時大気解析の気温を利用した冬季季節風時における強風開始時刻の予測可能性を探った.
 ウィンドプロファイラの上空風速とアメダスの地上風速を用いて,大気の鉛直構造と時間変化を解析した結果,上空の風が弱まることは,地上の風が強まることの必要条件であることが明らかになった.そこで,上空の風が弱まり始めた時刻の平均風速10ms-1以上の最下層の高度の温位まで,地上の温位が上昇し,到達した時刻から,強風開始時刻までの時間を解析した結果,平均が約1.6時間,標準偏差が1.2時間であることが明らかになった.
 本発表では,これら研究の概要に加え,突風現象の開始時刻を定量的に予測することの可能性について述べた.

4.情報通信研究機構における高分解能1.3GHz帯ウィンドプロファイラの開発
山本真之,川村誠治(情報通信研究機構)
西村耕司(国立極地研究所)

 ウィンドプロファイラ(WPR:Wind Profiler Radar)は,大気の屈折率擾乱による電波散乱(大気エコー)を受信することで,風速の高度プロファイルを計測する.近年,WPRにおける新たな観測手法の開発が進んでいる.多周波切替え送信を用いるレンジイメージング(RIM:Range Imaging)は,高度分解能を最高数10mに向上させることで,大気不安定に伴う風速擾乱の詳細計測を可能とする.サブアレイを用いて受信ビームパターンを制御するアダプティブクラッタ抑圧(ACS:Adaptive Clutter Suppression)は,建造物・移動体・飛翔物等からの非所望エコー(クラッタ)を低減することで,計測データの品質を向上させる.
 情報通信研究機構では,RIM及びACS機能を有する高分解能1.3GHz帯ウィンドプロファイラの開発に取り組んでいる.これまでの技術開発により,RIM機能が実装された.現在は,自ら開発した多チャンネルデジタル受信機を活用したACS機能の実装に取り組んでいる.本発表では,これまでの開発成果を述べた.

5.航空機運航に影響をあたえる気象
大瀧恵一(全日空)

 数値予報をはじめとする予測精度の向上,実況監視の仕組みの拡充により,視界不良をはじめとする悪天現象については,事前の状況把握と情報発信を含め,対応力が向上してきている.一方で,突発的な悪天現象や地象現象については状況把握と対応力に課題があると認識しており,現象に応じた対応フローの確立とそれに必要な情報提供が必要である.また,オペレーション方針の立案については,単に悪天現象を予測するだけではなく,空港交通アクセス状況や気象警報・注意報発表状況,また各種媒体による報道状況などを総合的に勘案して策定することが必要となっており,その迅速さと正確性が航空会社には求められている.
本講演では,悪天候,火山噴火,地震・津波などの現象が発生した事例を示し,オペレーション方針立案に至るプロセスを紹介した.

6.渇水対策を目的とした人工降雨の数値実験
齋藤 翼,遠峰菊郎(防衛大学校地球海洋学科)

 2016年6月,利根川水系の8基のダムの平均貯水率がこの時期の過去最低となる37%を記録し,異例の取水制限が開始された.この時期の主要な水資源は梅雨前線に伴う降水である.しかしながら,2016年6月は太平洋高気圧の勢力が弱く,東日本では梅雨前線に伴う降水量が少なかったため,ダムの貯水率はほとんど増加しなかった.そこで,渇水対策を目的として,領域気象モデルWRFを用いて,梅雨前線に伴う雲に対するシーディングにより,ダム集水域の降水量を増加させる数値実験を行った.
 本講演では,シーディング量および方法と降水量増加の関係等について紹介した.

7.山岳波の構造と事例解析
田中光一,酒井 誠(気象庁予報部)

 気象庁では,乱気流のひとつである山岳波の監視や予測を行い,強い乱気流が予想される場合はシグメット情報を発表している.空域予報班現業では過去の調査から求めためやすを用いて,山岳波の発生の有無や強度を検討している.現業で利用している資料は主に気象衛星画像,ウィンドプロファイラー,毎時大気解析,操縦士報告,航空機気象観測報告,数値予報資料であるが,本発表では,どのようなところに着目し作業を行っているのか紹介した.
また,2015年7月7日から気象衛星ひまわり8号に替わり,画像の種類が増え解像度が上がり,観測時間間隔も短縮された.2015年10月2日の北海道の日高山脈による山岳波により強い乱気流の操縦士報告が入電した事例の解析をひまわり8号の画像を用いて紹介した.

8.2016年10月8日阿蘇山噴火時の航空機運航への影響
小野寺三朗(桜美林大学)

 2010年のアイスランド・エイヤフィヤトラ ヨークトル火山噴火に於いては甚大な社会的経済的被害が発生し,それを契機として欧州を中心に一定水準以下の火山灰拡散濃度空域中の飛行を条件付で認める考え方も見られ始めてきている.一方,それ以外の地域では従来からの国際基準を緩和する事なく火山噴火・火山灰拡散に対処してきている.
 本講演では,これらの世界的な規制の考え方も視野に入れながら,2016年10月8日未明に発生した阿蘇山噴火の日本国内の航空機運航への影響について取りまとめ発表した.

9.航空機の運航に影響する気象現象とその対策 〜航空機への被雷について〜
浦 健一(日本航空)

 航空機の運航において,特に離着陸時に影響の大きい雷雨や強風,ウィンドシアーなどのスケールの小さい現象については,局地モデルの導入とこれによる狭域・下層悪天予想図の提供によって予報資料の充実が図られ,現象の発生を予測するための環境は着実に向上している.しかしながら,交通量が年々増加する中で,局地的あるいは短時間に発生する現象を避けきれないこともあるのが現状である.
 本発表では,航空機被雷をテーマとして,被雷の発生しやすい気象状態と発生事例を紹介するとともに,最近の課題と被雷事例を削減するための対策についても紹介した.

10.3次元雷標定装置を用いた航空機被雷の観測
吉田 智,楠 研一,足立 透,猪上華子(気象庁気象研究所)
吉川栄一(宇宙航空研究開発機構)

 気象研究所と宇宙航空研究開発機構では,観測実験を通した航空機被雷に関する科学的知見の蓄積,及び被雷回避のための航空機運航用のプロダクト開発を目的とした共同研究を行っている.当該共同研究のもと,2015年冬季に庄内空港周辺,2016年夏季に茨城空港周辺にて3次元雷標定装置や気象レーダーを用いた観測を行った.
 本発表では観測期間中,得られた3事例の航空機被雷について解析結果を報告した.解析結果は,離陸直後が1事例,着陸直前が2事例であり,被雷時の航空機高度はどの事例も1200m以下の低高度であった.被雷をもたらした積乱雲はどの事例においても航空機被雷発生前20分間に自然雷の検知がなく,積乱雲内の雷活動は不活発であった.また離陸直後に被雷した事例は,航空機が雷放電をトリガした事例と考えられる.この雷放電は,積乱雲の縁辺部を飛行していた航空機から発生し,積乱雲コアに蓄積された電荷を中和するものであった.

11.冬季日本海側における航空機被雷の気象学的特性等について
道本光一郎(音羽電機工業 雷テクノロジセンター)

 長年行ってきた航空機被雷に関する研究では,小松空港周辺で,主に気象要素や地上電界の変化などに注目し,また,気象レーダーエコーの盛衰と被雷との対応などの解析結果について成果を数々報告している.
 本報告では,長年にわたる研究成果と,それらを踏まえた現在までの最新の解析結果について示し,今後の空港周辺における航空機への被雷や空港内をも含めた落雷災害などの防止対策について総括した.