第13回航空気象研究会の開催報告

(天気,66巻12号にも掲載しています)

 標記研究会が2019年2月8日13時30分から18時00分まで,気象庁講堂において開催された.本年は国土交通省航空局からの「空域再編と航空管制の環境変化」に関わる話題提供に続き,9機関12題の講演発表と質疑応答が予定時間ぎりぎりまで熱心に行われた.今回の研究会参加者は30機関以上から125名の参加があり,近年では最大規模となった.
 今回の演題は,雷及び乱気流等の観測事例報告,新たな観測測器(フェーズドアレイレーダー・次世代ウィンドプロファイラ等)やタービュランスに関連する指標であるEDR(渦消散率(Eddy Dissipation Rate)の3分の1乗)の紹介と将来展望,AIによる霧予測及び宇宙天気予報,航空現場の予報活用報告等々,航空気象に関わる観測・予報部門の様々な分野におよび大変に興味深いものであり,今後の航空機の安全運航の向上に資するものであった.

【話題提供および研究発表題目】
1.空域再編による航空管制の環境変化について
重信寿也(国土交通省航空局)

 日本上空を飛行する航空機数は依然増加傾向にあることから,航空路の容量拡大をはかるための国内空域再編を進めている.また,首都圏空港においても,2020年開催のオリンピック・パラリンピック時の発着数増も見据え,東京管制部空域を含めた首都圏空域の全体の再編を進めている.さらに,これら空域再編を実現するためのツールとして,統合管制情報処理システムの整備も進めているところ.これらのプロジェクトの概要および進捗状況について紹介した.

2.フェーズドアレイレーダーが拓く未来の航空気象
足立 透(気象庁気象研究所)

 次世代型気象レーダーであるフェーズドアレイレーダーは,半径60kmまでの全天を30秒毎に隙間なくスキャンする新しい観測技術であり,災害をもたらす激しい大気現象などの研究に利用されている.空港周辺に発生する低層ウィンドシアーや局地的大雨など,また,それらをもたらす積乱雲の急激な構造変化をきめ細やかに捉えることが可能となり,より安全な航空機の離着陸への利活用など,将来の航空気象分野への応用が高く期待される.本発表では,国内の気象用フェーズドアレイレーダーを用いた観測事例を紹介し,同レーダーが拓く未来の航空気象について推考した.

3.東京湾とその周辺における大規模な発雷と,
   その後,降水強度が弱まった後に起きた単発的な落雷事例の紹介

原岡秀樹(フランクリン・ジャパン)

 当社は,独自に観測した雷情報の提供を業務の柱としており,ユーザーの多い首都圏で発雷が起こると,その頻度や継続時間,危険性などに関して電話での問い合わせが数多く寄せられる.その際,通常はレーダーエコーの強度を基調として,雲頂高度や数値予報資料などを加味して,爾後を予想してきた.しかし,2018年の夏の東京湾周辺での大規模な発雷の後,近傍で20分以上落雷がなく,エコー強度が弱まってから(8mm/h以下),予期せぬ落雷を数件観測した.雲頂高度が高い状態は続いていたものの,エコー強度が弱まってからの落雷は稀であり,8月13日には調布飛行場及び東京タワー近辺で,8月27日は羽田空港に近い東京湾で,単発的な落雷を観測した.実際この様な落雷に遭遇することは滅多にないと思われるが,常に安全を重視している航空気象関係者の皆様に特異な落雷事例として紹介した.

4.台風接近時に上方伝播した山岳波
河野沙恵子(気象庁予報部)

 台風第25号が日本海を通過中の2018年10月6日,中国山地・四国山地・中部山岳の直上35000ft(1ft=約0.3m)前後で,強い乱気流2通及び多数の並の乱気流が報告された.このとき,台風の影響で山岳の山頂付近では南よりの風が強く,上空30000〜40000ft付近は弱風場となっていた.毎時大気解析では上空まで等温位線が波打っている様子が見られ,山岳により発生した波が上方へ伝播し,弱風場で砕波することによる乱気流の可能性を示していた.また,局地的な現象であったため,高解像度の気象庁局地モデル(Local Forecast Model;LFM)は気象庁メソモデル(Meso-Scale Model;MSM)より的確にこの様子を予想していた.これら,台風接近時に山岳直上で発生する乱気流の解析や予想の可能性について紹介した.

5.2016年4月12日に航空機が遭遇した低高度乱気流の発生メカニズム
中島 翼,川野哲也,川村隆一(九大院・理)

 離着陸時に低高度を低速度で飛行する航空機が乱気流に遭遇すると,航空機の安全運航に重大な影響を及ぼす可能性がある.低高度乱気流の発生にはさまざまな要因があることが指摘されているが,事例ごとの低高度乱気流の発生過程を解明し,それらを総合して乱気流発生の予測向上に繋げることは非常に重要である.
 本研究では,2016年4月12日にパイロットによる主観的な報告(PIREP)で報告された福岡県南部における低高度乱気流の発生過程を調査した.本事例では乱気流発生地点を含む九州北部地方に中層雲が存在し,乱気流発生高度はその雲底下であることから,中層雲の雲底下で発生する乱気流(たとえばKudo 2013)の可能性が考えられた.鉛直高解像度数値シミュレーションから,本事例では雲底下の非断熱冷却とその下層の暖気移流によって形成された安定度が中立に近い層が乱気流の発生に重要な役割を果たしていたことが示唆された.

6.タービュランス情報の進化 −EDRについて−
池端優人(日本航空)

 航空機が飛行中タービュランスに遭遇することは避けられないが,その強度によっては旅客や客室乗務員の怪我ならびに搭載貨物の毀損,ひいては航空機の構造的ダメージの原因となるため,極力回避することが望ましい.タービュランスの実況情報は,PIREPにほぼ依存しており,またその強度に関しても主観に基づいているのが現状である.こうした背景をもとに,近年米国を中心にEDRというタービュランス指標が注目され,国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization;ICAO)による推奨もあって実用化が急速に進んでいる.EDR自動通報システムの導入によって,よりリアルタイムでタービュランス情報が入手出来るようになるとともに,客観的かつ定量的にその強度を評価することが可能となる.本発表では,パイロットの視点から,タービュランス情報の運用における現状の課題,EDRの概要と実用例,そして導入メリットと将来の展望について紹介した.

7.地球温暖化に伴う北太平洋の乱気流発生頻度の変化について
−大規模アンサンブル気候予測データベース
d4PDF(database for Policy Decision making for Future climate change)の解析から

渡辺真吾,藤田実季子,川添 祥,杉本志織,岡田靖子(海洋研究開発機構)
水田 亮,石井正好(気象庁気象研究所)

 産業革命以降全球平均地上気温が2℃上昇する近未来(2030-2050年頃)の気候を想定したアンサンブル気候予測データセットに基づいて,北太平洋上空200 hPaにおける晴天乱気流の発生頻度とその季節性の将来変化を推定した.その結果,日本から北太平洋東部にかけて横たわる帯状の乱気流頻発領域の南側に沿って,北太平洋中西部の広い範囲で乱気流の発生頻度が25%以上減少する可能性があることがわかった.逆に,現在の乱気流頻発領域の外側では乱気流に遭遇するリスクが増加する可能性が示唆された.また,こうした予測はシミュレーション結果から乱気流の発生を診断する指数によって現在の分布も将来変化の分布もともに異なったものが得られる.そのため,各々の指数の性質を考慮した総合的な判断が必要になることや,冬と春には予測結果に大きなばらつきが生じて不確実な予測となるのに対して夏と秋には予測結果の信頼度が高くなることも見出された.

8.宇宙天気予報のための太陽フレア放射スペクトル予測モデルの構築
西本将平(防衛省航空自衛隊航空気象群中枢気象隊)

 太陽フレア(以下,フレア)は,太陽大気中で発生する爆発的なエネルギー解放現象である.フレアが発生すると様々な波長の電磁波が放射され,地球に到達する.この中でも特に極端紫外線(Extreme Ultraviolet;EUV)放射がデリンジャー現象へ大きな影響を与えていると考えられているが,EUV放射のスペクトルが観測されている例は,観測機器が動いていた一定期間に限られている.そこで,観測されていないEUV放射のデータを補完,予測するための数値モデルが考えられている.現在,最も広く使われているモデルはFlare Irradiance Spectral Model (FISM)であるが,このモデルは経験則に基づいており,フレアの物理過程が理解されていないなどの問題点があり,個々のデリンジャー現象を再現できていない.そこで本研究では,FISMの問題点を解決するため,フレア時のEUV放射観測データの統計解析及び物理過程に基づいたEUV放射スペクトルを予測できる数値モデルの構築を目指した.

9.次世代ウィンドプロファイラの研究開発
山本真之,川村誠治(情報通信研究機構)
西村耕司(極地研究所)
堀江宏昭,大野裕一(情報通信研究機構)
鷹野敏明(千葉大学大学院工学研究科)
山口弘誠,中北英一(京都大学防災研究所)

 ウィンドプロファイラ(Wind Profiler Radar;WPR)は,晴天域における風速3成分(鉛直流・東西風・南北風)の高度プロファイルを計測するレーダーである.WPRは,国内外における気象業務に利用されている.気象業務等におけるWPRのさらなる高度利用の実現を目指した,次世代WPRの開発に取り組んでいる.次世代WPRにおける風速測定データの品質向上を達成するため,アダプティブクラッタ抑圧(Adaptive Clutter Suppression;ACS)の開発に取り組んでいる.ACSは,複数の受信アンテナと適応信号処理を用いることで,非所望エコー(クラッタ)を動的に抑圧する.レンジイメージング(Range Imaging;RIM)により,次世代WPRによる風速・大気乱流の高分解能計測を実現できる.RIMは,複数の送信周波数と適応信号処理を用いることで,高度分解能を最高数10mに向上させる.RIM機能を持つWPRと雲粒を観測するミリ波雲レーダーを用いた,大気乱流と雲の同時観測にも取り組んでいる.発表ではこれまでの開発成果を述べた.

10.関東地方における視程について
川端康弘,田中泰宙,村田昭彦(気象庁気象研究所)
梶野瑞王,足立光司,財前祐二(気象庁気象研究所)

 視程は航空機の運航にとって重要な情報である.視程の低下は降水現象だけでなく,非降水時にも発生する.これは水蒸気や人為起源・自然起源のエーロゾル粒子によってもたらされ,霧やもや,煙霧,黄砂などの気象現象に分類される.本研究では都市部の視程の実態を把握するため,非降水時における低視程状態の気候学的特徴について調査した.
都市化が進んでいる関東地方について,気象官署の目視観測データを用いた.都市部における低視程日数の経年変化を解析したところ,視程10km未満の日数は年々減少していた.霧日数も同様の傾向であった.この結果は都市の乾燥化と大気質の改善によるものと考えられる.また,2009年から2018年の10年間を解析したところ,低視程日数は,季節的には夏季に,1日の中では午前中に多い特徴が見られた.視程の変化は相対湿度と浮遊粒子状物質の変化傾向と対応していることが示唆された.

11.AIによる成田空港の霧予測実験
加藤芳樹(Weather Data Science)

 一般に霧は大気が飽和して水蒸気が凝結することで発生するが,湿度が100%近くても霧が発生しない場合も多く,湿度だけで予測すると空振りが多くなってしまう.そこで,霧発生の概念モデルに基づいて選別した気象要素をインプットとし,AIアルゴリズムを用いた霧予測モデルの構築を試みた.複数のアルゴリズムで実験したが,今回は統計モデリングの手法でよく使われるロジスティック回帰と,近年注目のディープラーニングによる実験結果を発表した.
解釈可能性の高いロジスティック回帰については,回帰係数やオッズ比の解釈を通して,概念モデルに基づく説明変数の選択とモデリングの効果について紹介した.またディープラーニングについては高い予測精度を期待して実験したが,今回試してみてわかったディープラーニングの可能性と限界について紹介しつつ,航空気象観測報(METAR)だけを使った短時間ナウキャストの予測実験についても紹介した.

12.航空機運航に影響を与える気象
神田安奈(全日空)

 冬期運航は降雪現象そのものの影響だけでなく,滑走路状態(滑走路除雪)や機体除雪による影響を大きく受ける.また,機体防除雪氷液の有効時間(目安)は降雪現象の種類や気温,視程等により変化し,地上や上空の混雑を引き起こす要因となる.2019年1月の新千歳空港及び関東の降雪に関する複数の事例を比較することで,類似した気圧配置であっても運航への影響が異なり,地上気温や下層風,地形の影響を考慮した精度の高い気象予測が必要であることを示した.また,お客様への影響を考慮する中では,気象予測の精度(誤差)を加味した事前の欠航判断も重要であり,「適時適切な判断」が課題となっている.今後,精度の高い気象予測に加え,機体除雪に関わる空港施設の充実や,官民を越えたタイムリーな情報共有を行うことが,冬期の就航率向上に寄与すると考える.

参考文献
Kudo, A., 2013: The generation of turbulence below midlevel cloud bases: The effect of cooling due to sublimation of snow. J. Appl. Meteor. Climatol., 52, 819-833.