第16回航空気象研究会の開催報告

(天気,70巻4号にも掲載しています)

 標記研究会が2022年2月4日13時30分から17時00分までオンライン開催された.
 新型コロナウイルス感染症の影響で厳しい状況の中ではあるが,気象庁,航空局,航空会社,大学・高専,研究機関,気象関係事業者等の様々な機関の方々が,発表者も含め110名参加し,報告と活発な質疑応答が行われた.
 今回の研究会も,目視波状雲と山岳波の遠方伝播影響の実証,乱気流影響の軽減策,航空機観測利用の上空風予測精度向上策,交通流や進入コース変動予測精度向上策,詳細な3次元再解析情報提供策等,更なる安全・安定運航に資するバラエティに富んだ報告が行われた.
 なお,長年にわたり航空気象技術の発展に貢献され,本研究会発起人の一人でもある,小野寺三郎氏が昨年度運営委員を退任され,新たに東海大学の新井直樹氏が運営委員になられたことを報告した.

【研究発表題目(所属は当時のもの)】
1.波状雲と山岳波のダクト効果に関する事例解析
西 暁史,菅原広史(防衛大学校)

 2020年12月24日午後に防衛大学校上空で波状雲が発生した.WRF(Weather Research and Forecasting)モデルを用いた再現実験の結果から,この波状雲は伊豆半島を起源とする山岳波が原因であることが分かった.また,波状雲の発生時には,高度7~10kmに弱安定層があり,山岳波は弱安定層よりも下層の安定層内で伝播していた.そこで,山岳波に対する弱安定層の影響を明らかにするため,高度7~10kmに弱安定層が存在する場合と,弱安定層が存在しない場合の理想化数値実験を行った.その結果,弱安定層が存在する場合は,伊豆半島起源の山岳波が防衛大学校上空まで到達するが,弱安定層が存在しない場合,山岳波は相模湾上空で減衰した.同様の結果は,内部重力波の反射・共鳴に関する線形理論の結果からも確認できた.これらの結果から,伊豆半島で発生した山岳波が弱安定層で反射しその下層の安定層で共鳴することで,山岳波が遠方まで伝播しやすくなったため,防衛大学校上空で波状雲が観測されたと言える.

2.冬季の南関東中下層で発生する晴天乱気流の大規模数値シミュレーション及び,
飛行機の揺動評価
吉村僚一(東北大学)                  
伊藤純至(東北大学大学院)               
鈴木健斗(気象庁情報基盤部)              
Patrick AntonioSchittenhelm(University of Stuttgart)
焼野藍子,大林 茂(東北大学)             

 関東域,特に羽田・成田空港の飛行機離発着数は日本トップクラスであることはよく知られている.このような交通の密度が高い空域で乱気流が発生するとPIREP(操縦士報告)が多くなるため,乱気流の影響を小さくする飛行方法について調べることは重要である.JAXA(宇宙航空研究開発機構),DLR(ドイツ航空宇宙センター)をはじめ揺れ低減に向けた研究開発が世界的に行われているが,シミュレーション上で3次元乱気流場を高解像に再現し,飛行方法を検討した例はほとんどない.本研究では気象庁の非静力学モデルasucaを用いて2020年12月30日の南関東中下層で発生した乱気流多発事例(ケルビンヘルムホルツ不安定起因)を大規模数値シミュレーションで再現した.続いてフライトシミュレーションを行い,再現した乱気流中での飛行機の応答を推定し,揺れ低減に重要な知見の取得を目標とする.発表では乱気流計算およびフライトシミュレータの結果について説明した.

3.航空機運航における乱気流予測情報の活用
松野賀宣,松田治樹(宇宙航空研究開発機構)

 気象現象(乱気流,雷等)は航空機運航に大きく影響を与える.そのため,将来の軌道ベース運用の実現には,気象現象の影響を反映した迅速な航空機の軌道調整が必要となる.気象庁では,航空機運航に影響を与える気象現象の1つである乱気流の予測として,乱気流指数の開発を進めている.乱気流指数は,ケルビン・ヘルムホルツ波や対流雲等,様々な要因で発生する乱気流を1つの指標として予測している.乱気流指数を運航制約情報として活用し,乱気流指数のしきい値に応じて乱気流発生の可能性が高い空域を回避する経路生成について報告した.乱気流の存在リスクを回避する経路を生成することで,運航者の経路選択における意思決定を支援し,運航コスト(遅延・燃料増加)の抑制が期待される.

4.航空機動態情報を利用した短期の風予測精度向上
森 亮太(電子航法研究所)

 近年の多くの航空機は航空機動態情報ダウンリンク(DAPs)に対応し,機上の有益な情報をダウンリンク可能となっている.ダウンリンク可能な情報から風向風速は推定可能であるが,推定された風向風速を用いて短期的な風向風速の将来予測を行う手法を提案する.その際,MSM(メソ数値予報モデル)と推定された風向風速との差分を,ガウス過程回帰(GPR)という機械学習手法を用いて,3次元的に予測を行う.具体的には,過去の1時間で推定された風向風速を用いてGPRのパラメータ推定を行い,次の1時間における3次元的なMSMの風速風向誤差を推定することができる.ここでは短期の予測を行うため,時間変化は考えないものとする.その結果,1時間後までにおいて,MSMの予測よりも予測精度が向上していることを確認した.また,予測精度は過去1時間で得られるデータサンプル数にも大きく依存することがわかった.

5.滑走路切替と航空交通流の関係性の考察
アンドレエバ森アドリアナ(宇宙航空研究開発機構)

 航空交通流制御に役立てるため,航空交通流に影響する因子の特定を進めている.本研究では東京国際空港に注目し,交通流の状態,および,交通流異常の要因となるパラメータを定義し,その関連性を調べる.前者は,東京国際空港の航空機の運用状態を示すもので,交通流に異常が発生した場合,交通流パラメータのいずれかが異常状態を示すと考えられる.後者は風の状態など,交通流の異常が発生した場合に要因となりうるものである.本分析では実軌跡データであるCARATS(将来の航空交通システムに関する長期ビジョン)オープンデータとMSMの数値予報資料データに含まれている風予測データを利用する.分析の結果,滑走路切替が交通流に影響を与える主な要因であるということが明らかになったが,どの場合の滑走路切替が交通流異常を起こすかは今後の分析課題である.

6.気象庁非静力学モデルによる航路上の気象影響評価
伊藤純至(東北大学)

 気象庁非静力学モデルasucaの計算結果を利用し,関東圏の空港への航路上における気象影響の評価を試みている.関東圏の低気圧通過事例において,asucaにより数時間先の予測計算を行う.羽田・成田空港の着陸コース近辺の風速変動の強さや氷物質量を着陸コース進入時刻ごとに算出する.これにより,影響が少ない進入時刻を把握可能である.このような評価手法において,asucaの解像度や物理過程に対する依存性を調べた.

7.ClimCORE(クライムコア)日本域気象再解析計画とその航空気象分野への
利活用について
隈 健一(東京大学先端科学技術研究センター)

 気象庁の40kmメッシュのJRA-3Q(気象庁第3次長期再解析)が2022年に完成する予定であるが,社会各分野での応用という観点からは,さらに細かな解像度の再解析へのニーズは高い. 東京大学先端科学技術研究センターを研究拠点とするClimCORE(地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点,PL:東大先端研中村尚教授)プロジェクトでは,気象庁との共同研究を通じて,気象庁のMSMデータ同化システムに基づく5kmメッシュの日本域の再解析データを作成するとともに,社会各分野における再解析データ等の利活用研究を推進する.本講演では,この日本域気象再解析の計画について説明するとともに,航空気象分野での利活用研究への展望を示す.航空気象分野は,詳細な3次元再解析データ利活用研究の代表的な分野であり,より利活用に直結した高次処理を実施する研究等とさらに連携を深めていきたい.