第8回航空気象研究会の開催報告

(天気,63巻11号にも掲載しています)

 標記研究会が,2014年2月7日13時30分から18時まで,気象庁講堂において開催された.本研究会は,航空機の安全で効率的な運航にとって不可欠な気象の観測や予報,情報提供などについて,気象学会レベルで関係者が広く交流し,研究を促進するために,2006年3月に日本気象学会のもとに「航空気象研究連絡会」が設置されたものである.今回は,11題の発表が行われ,民間航空,研究機関,気象事業者および気象予報士,防衛省および気象庁関係者など,約100名の人々が一堂に会した.  研究会は,古川委員長の挨拶に引き続いて,事務局の國次および宮腰の司会の下に進められた. 講演題目は,ウインドシア,乱気流,飛行障害現象,火山灰,航空機被雷,局地前線,大雪,航空機情報の利用など多彩な発表があり,最後に総合討論を行った.今回で8回目の研究会となり,航空気象分野の様々な方の交流にとって大変有意義であったと感じた. (文責;古川武彦)
(2013年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
古川 武彦(気象コンパス)
國次 雅司(気象庁予報部)
宮腰 紀之(気象庁予報部)
太原 芳彦(気象庁観測部)
祐川 淑孝(気象庁観測部)
藤田 英治(気象庁観測部)
春原 城辰(東京航空地方気象台)
桜田 正美(成田航空地方気象台)
吉野 勝美(全日空)
浦 健一 (日本航空)
小野寺三朗(桜美林大学)
西野 逸郎(防衛省)
津村 知彦(防衛省)

(研究発表題目:発表者および要旨):
1.空港気象ドップラーライダーによる新しい風情報の研究開発について
〜 JAXA−気象庁による共同研究開発 〜

山本健太郎,藤田英治,川口弘,高橋伸之介,小林広征,酢谷真巳(気象庁観測部)
又吉直樹,飯島朋子,吉川栄一(宇宙航空研究開発機構航空本部)

 気象庁では東京国際空港,成田国際空港,関西国際空港に空港気象ドップラーライダー(ライダー)を設置し,航空機の離着陸に影響を与える低層ウィンドシアーの監視を行うと共にライダーによる新しい情報の提供を検討してきた.その中で気象庁は航空機やその運航に対し専門的な知識をもつ宇宙航空研究開発機構(JAXA)と研究契約を結び,航空機の安全かつ効率的な運航に必要な情報を確立する事を目的として共同研究を行っている.JAXAは小型ライダーを用いて地方空港を対象とした「低層風擾乱アドバイザリシステム」(Low-level Turbulence Advisory System, LOTAS)をANAの協力を得て開発しており,よりユーザー視点の情報提供技術を確立している.このLOTASの提供技術を気象庁のライダーに適用し,更に大型ライダーならではのプロダクトを加えることで大空港に合わせた新しい情報の提供を目指している.2014年の3,4月にはJAL,ANAの両社の協力により,情報の試験提供を予定している.

2.関東地方の山岳波について(予報の検証と考察)―LFMによる構造解析―
野倉伸一,森地亮介,三輪剛史(気象庁予報部)

 関東地方の山岳波について,予報精度の向上を目的に国内悪天予想図の検証および構造理解のための局地モデル(LFM)を利用した事例解析を行った.検証の結果は空振りが多く,また,山岳波と思われていた事例中に前線面および対流雲近傍で発生した乱気流が多数あり,これらが予報精度を低下させていたことが分かった.現行の山岳波予想は中部山岳域の600hPaの風および山頂付近の安定層の有無を目安にしている.今回はこの中部山岳域の600hPaの風を精査しながら,さらに関東地方平野部の850hPaの風など新たな指標を加えて目安を作成した.独立資料による検証では,現行目安に比べて空振りが減少し,スレットスコアも上昇した.

3.ウィンドプロファイラを活用した山岳波の検出に向けて
西野直樹,西澤航,光武伸悟(防衛省航空自衛隊航空気象群中枢気象隊)

 山岳波に伴う乱気流は,航空機の安全な運航に多大な影響を及ぼす現象である.しかし,この山岳波の現況把握は,気象衛星画像による波状雲の把握などに限られている.この問題点を補うため,ウィンドプロファイラが注目されている.これは,ウィンドプロファイラから得られる補正スペクトル幅データが乱気流の強度と関係があることが示唆されているためである.航空自衛隊では,気象庁からこの補正スペクトル幅データの提供を受けて,自衛隊機のパイレップ (Pilot Report) との検証を行っている.今回は補正スペクトル幅データにおける乱気流強度と自衛隊機のパイレップにおける乱気流強度との対応について調べた.

4.成田空港における水平ロール対流の構造と低層ウインドシア
吉野勝美(全日本空輸株式会社)

 前回の航空気象研究会において,成田空港の南西強風時に発現した水平ロール対流とそれに伴う低層ウインドシアについて,ドップラーライダーの観測データと到着機の飛行記録等を用いた解析結果を報告した.その後,南西強風に加え北西と北東の異なる風向の強風が発現したので同様の解析を行った.いずれの風向においても,@層厚が約800mの最下層の混合層,A混合層の上面に接する逆転層(安定層),B平均流にほぼ平行な複数の強風軸(軸間距離約800m),C混合層中部から逆転層下部の高度帯で強化された下層ジェット(風速の極大)等,特徴的な大気境界層の構造と滑走路上100ft (1ft=0.3m) 以下の狭い空間内に発現している顕著な低層ウインドシアが解析された.また,東象限を海面に接し周囲が平坦である羽田空港におけるほぼ同時刻(同様な風の場)のそれらとの比較から,適度な起伏のある北総台地に位置する成田空港では,この種の現象が特に顕著であることが示された.

5.日本で発生した航空機火山灰重大被害(その2)―2000年8月18日三宅島事例―
小野寺三朗(桜美林大学)

 第7回航空気象研究会で,ICAO文書に日本地域で起きた最深刻被害強度(=Class-4)の航空機火山灰被害として掲載されている「1991年6月27日の雲仙火山灰によるDC10両エンジン停止」事例が,雲仙火山に起因する火山灰被害ではない事を示した.本報告では,日本地域で実際に発生した航空機火山灰被害の中で最深刻強度(=Class-3)となる「2000年8月18日三宅島火山灰B747・B737エンジン損傷被害」事例について報告する.この事例については既にOnodera(2004)等で報告されているが,被害発生原因を巡って一部国外関係者等から「日本の関係機関の不公平な情報提供が被害発生の主因」とする主張が展開されており,これに対する関係者からの反論も見られない.そこで筆者は被害発生当時の関係資料を再調査した.その結果,上記主張は誤りである事,及び,本事例は日本地域だけでなく輻輳空域に共通する火山灰被害防止上の本質的問題を含んでいる事がわかった.LCC時代の情報提供の在り方についても議論した.

6.三沢飛行場に侵入する霧の短時間予報
遠峰菊郎,吉井克英(防衛大学校地球海洋学科)

 第7回航空気象研究会に引き続いて,三沢飛行場における1〜3時間後の霧発現予測を目的として,霧発現の期待値を目的変数とする重回帰式による予測について報告した.説明変数のために使用した要素は,時刻,30m高度にあるレーダータワー屋上の気温,地上気温,湿度,海水面温度,滑走路の両端で測定している風向・風速,視程,雲底高度である.2011年6月から9月の中から34件の対象期間を選び,その対象期間について重回帰式により導かれる期待値の最大値1に対して期待値を0.6以上と設定すれば,予報確率は従属期間については100%であることを報告した.この中の一例は,雲底高度が1000ft以下で東風の場合であり,0236〜0921(JST)の間霧が発現した.従属期間における重回帰式の結果だが,3時間後の霧発現を予想していた.現在,独立期間について調査中である.

7.2010年7月27日に浜松飛行場で観測された下層雲に関する数値シミュレーション
小森恵津郎,遠峰菊郎(防衛大学校地球海洋学科)

 航空機の着陸時においては,飛行場における下層雲の存在は航空事故につながる可能性のある現象である.また,数値シミュレーションが発達した今日においても,完全に予測することが困難な飛行障害現象の一つである.浜松飛行場においては,夏季の夕方から夜間にかけて,1000ft前後の下層雲が発生する例があることが知られている.しかし,その現象スケールが空間的,時間的に小さいものがあることから,現在の数値予報モデルではとらえきれない場合がある.本研究では,非静力学メソ気象モデルWRFを用いて,2010年7月27日に浜松飛行場で観測された下層雲を例に,その気象場の再現を試みるとともに,下層雲の発生,消散について予測の可能性を探った.

8.降雪時に関東南部に形成された局地前線について
加藤敏彦,前田浩光,佐久間直樹,石川隆利,飛田 良,榎本 寿,今泉正喜 
(成田航空地方気象台)
前田浩光,市橋 篤(東京航空地方気象台)

 南岸低気圧が通過する際,しばしば関東南部には局地前線が発生する.これらの局地前線は,南岸低気圧の東側の南東風・関東東海上からの北東風・関東内陸からの北風のそれぞれの間で形成され,特に気温が低い場合には,内陸からの北風の領域で雪,北東風の領域では雨となって局地前線が雨・雪の境界となることがある.関東南部で大雪となった2013年1月14日の南岸低気圧事例でも北風−北東風間の局地前線が形成され,局地前線が通過した成田空港では雨から雪に短時間に変化し,その後大雪となって航空機の運航等に大きな影響があった.各種観測値及びNHM実験から得られたこの局地前線の特徴について降雪状況とともに報告した.

9.「航空機の運航に影響する気象現象とその対策」 〜雷対策について〜
浦 健一(日本航空)

 航空機の運航においては,様々な気象現象の影響を受ける.台風や発達した低気圧と前線通過などのメソスケール現象だけでなく,これらによって発生する強風・横風や雷雨,またタービュランスやウィンドシアなどのよりスケールの小さい現象によっても,多大な影響を受けることが往々にしてある.そして,このようなスケールの小さい現象こそ,安全運航に対するハザードとなっているのが現状である.ここでは,特に影響が大きい「雷」に焦点をあて,多岐にわたる航空機の運航への影響を紹介した.また,影響を最小限にとどめるための運航管理者とパイロットによる気象情報の活用の現状と,日本航空における安全確保のための対策と取り組みについても紹介し,さらに,今後に向けて期待される雷予報の精度向上とプロダクトの構築について提案した.

10.ATMと気象のかかわり2〜滑走路凍結と気象条件(新千歳空港)〜
宮腰紀之,佐藤正幸,坂本明大(気象庁予報部)
安部公也(新千歳航空測候所)
岩P達也(国土交通省航空局交通管制部管制課)

 第6回航空気象研究会で述べた航空交通管理(Air Traffic Management, ATM)と気象要素のかかわりにおいて詳細な予測が求められる気象要素の中から,新千歳空港における滑走路コンディションの悪化について,主に気温や滑走路面温度の傾向を中心に報告した. 滑走路コンディションがスラッシュと観測された事例では,滑走路面温度が0℃より少し高い(1℃未満の)条件下でみぞれが降っていた.また,滑走路コンディションがVERY POORとされる摩擦係数が0.2以下となった事例では,大雪事例を除き気温と滑走路面温度がおよそ-5〜0℃の範囲にあった.ただし,どちらも事例数が十分ではなく,確かな結論とするには調査を継続する必要がある.しかし,比較的短時間の降雪量と滑走路面の温度を予測することは,想定される滑走路コンディション,さらには交通流の乱れの予測にもつながっていくと考えられる.降雪の有無,降雪量,気温,風,日照といった気象条件から滑走路面コンディション悪化の推測の可能性と,滑走路面温度の実況を組み合わせることによる滑走路コンディションのナウキャストの可能性を示唆し,円滑なATMを支援し得る方向性として報告した.

11.航空気象に関連する機上の動態情報の活用について
瀬之口敦(電子航法研究所)
宮沢与和(九州大学)
手塚亜聖(早稲田大学)

 新型の航空管制用レーダであるSSR(Secondary Surveillance Radar, 二次監視レーダ)モードSには機上の動態情報をダウンリンクする機能(Downlink Aircraft Parameters, DAPs)が備わっており,航空管制官の状況認識を向上する目的の他に,航空機の軌道ベース運用への応用などが期待されている.本講演では,対応機であれば航空気象に関連するパラメータも取得可能なDAPsについての概要と電子航法研究所のDAPsデータ収集環境を紹介した.また,収集したDAPsデータの活用例として,対地速度や真対気速度,マッハ数などのDAPsパラメータから推定した風ベクトル成分や温度を数値予報GPV (Grid Point Value, 格子点値) の値と比較した結果,およびDAPsデータと数値予報GPVから得られる2種類の対地速度を比較することによって調査した気象予報の不確かさが航空機の飛行時間に与える影響について報告した.

参考文献
Onodera, S., 2004: Prevention of volcanic ash encounters in the proximity area between active volcanoes and heavy air traffic routes.Proc. of the 2nd Int. Conf. on Volcanic Ash and Aviation Safety, Virginia, 5-21 ? 5-25.